キラキラネームもさることながら


最近はDQNの当て字のような名前が多いですよね。まぁ、読めなくはないけど何もその漢字を当てなくてもいいじゃんって名前とか。

最近の親は何を思っているかは知りませんが、名前を付けるって作業を軽く見ている気がしないでもないですね。一生付いて回るものなんだから、もっと真剣に「親が付けたい名前」じゃなくて「子どもが幸せになる名前」を付けるべきだと思うんですけどね。

まぁ、キラキラネームも親の気持ちがこもってないとは言いません。言いませんが、いくらなんでもそりゃねぇだろって名前も多いですよね。お役所もよくこんな名前で受理したもんだな、と思ったりもしますが。

かなり前に子どもに「悪魔」って名前を付けて届け出たら、役所に却下されてひと悶着ありましたが、今はそういうのってないんですかね。

一番重要なのは、名前を付けるに際して子どもの意向や意見はまったく介在しないってところですよね。仮にキラキラネームを付けられて、小学校でいじめに遭ったとしてもそれって子どもに何の責任もないんですよね。すべて親が悪いって話。名前を付ける段階で子どもがあーだこーだと言えればいいんでしょうが、いかんせん生まれたての赤ちゃんにそんなことができるはずもなく。

キラキラネームを付けられて何事もなければそれでいいんでしょうが、いろいろ苦労は絶えないでしょうね。名前を漢字で覚えてもらえないとか、電話口で名前を名乗るときに漢字の説明に困るとか、年寄りになって全然年寄りにそぐわない名前になっちゃって、困るとか。

そんなところまで考えて名前って付けるべきだと思うんですよね。そのくらい重いもんだと思うわけです。はるか昔からあるオーソドックスな名前ってそういう意味では偉大だと思います。廃れないし、古くならないし、覚えやすいし、呼ばれやすい。そういう名前を見直すべきだと思いますね。

by peugeot206ccs16 | 2017-11-19 01:51 | 感じたこと。 | Trackback | Comments(0)
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