年齢ではないと思うんですよね。

ワタクシの身の回りを見ていて「ああ、なるほどね」と思ったことがあります。まず、年齢は関係ない。見ていると30代でもおばちゃんを使わない場合があります。で、既婚か未婚かもひとまず関係ないっぽいです。

では、何が要因になっているかと言えば、子どもがいるかいないか。自分に子どもがいると年齢関係なく、小さい子に対して自分の呼称が「おばちゃん」になっているようです。逆に30を超えていても子どもがいないと「おばちゃん」ではなく「お姉ちゃん」と呼称していますね。

この記事はハタから見た場合、女性はどこから「おばちゃん」になるかを問題にしているんですが、問題提起となっている10代のガキが20代のねえちゃんをつかまえて「おばちゃん」呼ばわりして激昂したっていうのでもわかるように、極めて主観的なんですよね。

40代でも飲み屋へ行けば「お姉ちゃん」で呼ぶことがあるし、30代でも「おばちゃん」で呼ぶ場合もなきにしもあらずということで、逆に女性側から見たら、という話をしてみました。たぶん、女性が自覚して「おばちゃん」と呼称して使っている場合においては、他人から「おばちゃん」呼ばわりされても抵抗ないと思うんですよね。その辺、観察してると意外に面白いですよ。

いちいちごもっともですが、いろんな楽しみや必要だと感じていることを我慢したりレベルを落としてまで貯金することが正義なのかと言われると疑問に思いますねぇ。

例えば、帰省とかって会社の休みの時期が全国的に重なるんだから、人が多くなるのも値段が上がるのも仕方ないでしょう。貯金するために帰省しないってのはどうかと思いますねぇ。時期をずらせば安くもなるし空いてるでしょうが、ただでさえ有休が取れないのが問題になっているくらいだから、それが難儀なことは十分予想できると思うんですけどね。

旅行とか車は趣味の範疇なので、必要ない人は必要ないでしょう。ただ、好きな人に貯金のために我慢しろ、はやっぱりないんじゃないかと思いますね。

家も買うか賃貸にするかでだいぶ考え方が違うでしょう。買いたい人はモノが一生モノなので、いろいろ考えて買うだろうからこれも貯金とはあんまり関係ないと思うんですよね。

自分へのご褒美が無駄遣いの口実に過ぎないっていうのはごもっともですが、貯金のために生活して仕事しているわけでもないし、貯金を何のためにするのかっていう問題もあるので、この記事の言い分がすべて正しいとはちょっと言い難いですね。

あったかも知れませんが、車掌よくやった、と思いますね。

列車に乗って運賃を払うのは当たり前で、それを意図して避けようとしていた高校生に間違いなく非はあるし、挙げ句「いくらっすか」はないでしょう。仕方ねぇ、払ってやるよっていう態度が見え見えだし、こっちは客だっていう意識も働いてますよね。

客と乗員という立場の違い以前に、目上の人間と年下の人間という立場の違いをまったく認識していないのはいかがなものかと思います。なので、胸ぐら掴んで一喝したくなるのは当然のことでしょう。

とは言え、ちょっと行きすぎたところがあるのは否めません。目上の人間としてはもう少し自制した対応をしても良かったのではないか、と思わないでもないです。大元はなめくさっている高校生が全部いけないわけですが、あまり極端な行動をとると挑発に乗ったような気分にもなるじゃないですか。なので、車掌の取った行動自体を否定するつもりはないですが、もうちょっと大人の対応ができたのでは、と思わないでもないです。

1人失ってしまいましたね。

渡哲也はすでに渡瀬恒彦がステージ4のガンで余命1年っていう告知を受けていた、という事実が亡くなってから明らかになったわけですが、ガン闘病中にも関わらず多くの作品に出演していたというのはさぞかし大変だったことだろうと思います。

テレビに当たり前のように出ているので、ガンであることも知らなかったし、昨日の訃報も正直驚きました。

72歳とは思えない演技っぷりでしたが、年齢を考えると仕方ないところだったのかも知れません。渡哲也が大腸ガンで生還を果たしているのとは対照的になってしまいましたが、本当に当たり役も多く、惜しい俳優さんを失ったと思います。

ご冥福をお祈りします。

正論かも知れないですけどね。エロ本は役に立たない商品ですが、おむつは赤ちゃんのいる家庭にとっては必需品ですから。コンビニで買えれば万が一の時にとても助かることでしょう。

ただ、コンビニもボランティアではなく商売なので、いろいろ考えるところはあると思うわけですよ。そこそこ面積のある店舗であれば、エロ本を売ることもおむつを置くことも可能でしょうが、狭い店舗ではなかなかそうもいかない事情もあると思います。

そうなると、売り場面積あたりの単価を考えれば、おむつみたいにかさばるものを置くよりは、単価がそこそこ高くて売り場面積を取らないエロ本の方が有利なわけです。

まぁ、あと記事でも少し触れられていますが、「エロ本を売らないでオムツを売れ」が主な意見なんですよね。これを並列で売っちゃいけない理由はないと思うわけです。ましてや、おむつくらい大きなものを置くようなスペースでエロ本を展開している店はまずないでしょう。

なので、こればっかりは近所のコンビニ事情次第ってところじゃないですかね。都内みたいに狭いスペースで経営しているところはおむつ展開は難しいでしょうけど、広い駐車場があるような郊外型の店舗なら楽勝で置けるでしょうし。

ないですが、死刑執行に一般人が立ち会うってのはどうなんでしょうねぇ。いや、道義的な問題もさることながら、人が「殺される」瞬間ってやっぱり見ない方がいいと思うんですよね。いくら教団に身内を殺された親族とは言え、人が死ぬ瞬間って見るべきではないと思うんですよ。下手するとトラウマになりかねないし。

遺族の気持ちなので、心情としてはよくわかるところはあるんですが、死刑執行を見たからと言って何が起こるわけではないじゃないですか。目の前で親族の敵が死ぬ様を見た、っていう事実が残るだけで、それ以上でもそれ以下でもないわけで。そこまで見ないと納得できないもんなんでしょうか。

死刑って合法的な殺人なので、殺人現場を目の当たりにするのは精神衛生上決していいもんじゃないと思うんですよね。なので、コレはさすがに認めるべきではないでしょう。代わりに遺族のケアをできる何かを考える方が建設的だと思いますね。

何を考えたか中古で購入して乗ってましたね。1年くらい乗ってましたか。

ワタクシも助手席に座ったことがありますが、何しろ狭い。スターレットベースなんでそもそも車内空間を求めるのが間違ってるんでしょうが、ワタクシのような大男はとてもじゃないけど乗れない車でしたね。

ただ、がルウイングドアを開けるのはぶっちゃけ楽しい。というか、そのためだけに存在した車と言っても過言じゃないでしょう。

記事にもありますが、ドア上面まで開くのでそこまでガラス張り。リアハッチのスペースも大きくて、そこもまたガラス張りなので開放感があるのは間違いないんですが、夏場は地獄だったようです。日なたに駐車しておいたら、車内に置いてあった口紅が溶けたって言ってましたからね。車内温度は余裕で50度超えてたんじゃないですかね。

この車が売れなかったのは、上にも書いたようにがルウイングドア以外にとりえがなかったからでしょうね。記事では日産のパイクカーと比較してますが、あちらはコンセプトがしっかりしてる車で、そこに付加価値を見いだすことができたから売れたんですよ。

とても理にかなったことなんですけどね。そうではあるんですが、やっぱりエスカレーターを歩いて登って行く人っているんですよ。少なからず。

そもそも、片側を空けるように並ぶから片方の列が異常に長くなって乗りにくい、ってのが発端のようなんですけどね。スーツケースを前の段に置いて一段下に人が乗る、その段から2段くらい空けて人が乗る、だから行列が捌ける時間がかかる、ってのが主張のようなんですけどね。

でも、よくよく見てみると意外にそうでもないです。空いてる片側に乗って動かない人も少なからずいるし、片側に極端に寄って並んでるっていうのは案外少なくて、「どちらかと言えば片方が長い」くらいに収まっている気がしますね。

ついでに言えば、放っておいてもターミナル駅での乗降は必然的に人が多いし、出入り口は限られているので、エスカレーターに長い列ができるのは仕方ないんじゃないかなぁ、と。それこそ、片方空けようが空けまいが、どっちでもいいじゃんと思うくらいの気持ちの余裕を持って乗るのが正解じゃないですかね。

実際、エスカレーターの片方が空こうが空くまいが大した問題じゃないし、片方空いてるからって行列で10分も待たされるわけでもないので。

親ではありますが、最後の一例はしょうがないというか何というか。統合失調症の発症は別に親の責任でも何でもないですからね。ただ、子どもには相応の影響が出る可能性はありますが。

子どもにピアスだの髪を染めるだのは論外ですね。何を考えているんだと。自分の人形とでも思ってるんですかねぇ。虐待してないだけまだマシですが、それにしたってやり過ぎもいいところ。子どもは子どもってだけで十分可愛いんだし、外見をいじるのは相応の歳になってからでいいだろうと……思うんですが、やる親はそうは思わないんでしょうね。

子どもの歯が虫歯で溶けてしまって放置ってのも理解し難いですね。そこに至るまでに子どももかなり苦痛を感じているはずですが、それをほったらかすってことは記事にもあるように育児放棄とか虐待の可能性を疑ってしかるべきでしょう。そりゃ、保育士だって唖然としますわ。

そもそも、そうなるのがわかっててなんで子どもを作るかね、っていうそもそも論を感じるんですが、やったらできちゃったし、堕ろすのもアレだから産んじゃえって言って「あ、やっぱ育児めんどくせ」ってことになっちゃうんですかねぇ。

逆に子どもが欲しくてもできない夫婦に子宝を授けるべきだと思うんですよ、神様。

偉業としかいいようのないことですね。そもそも、このご時世で子ども4人育ててるってのも大したもんなんですが、4人とも東大へ現役合格させるってのは大したもんだと思います。

ワタクシは知らないんですが、この母ちゃんが有名人なんですか。とにかく子どもの教育を最優先させる、ってのにひたすら注力したようで、それが功を奏したんでしょうね。

ただ、思うに母ちゃんの努力はもちろんあったと思うんですが、それより何よりもしかしたら子どもの地頭がそもそも良かったんじゃなかろうか、という疑問があったりします。地頭が悪いと母ちゃんいくらがんばっても伸び代に限界があるはずですからね。

だから、母ちゃんの手記はある程度フツーの家庭でも参考にはなると思うんですが、その気になってがんばれば誰でも東大理IIIに合格できるかって言われればんなことはないわけで、東大は無理だったけど、早慶上智には合格したとか、上位校はとても無理だったけどとりあえず大学に入れることはできた、とかっていう効果の差が出ると思うんですよね。

子どもの地頭ばっかりはある程度成長過程で育てることはできると思うんですが、持って生まれた資質の問題やらいろいろあると思うんで、この一家に関してはみんなできが良かったんじゃないかと思います。