そもそも美醜の感覚って


多分に主観的なものですからね。もちろん、10人に聞いて10人が美人と思う人は確実にいますが、それは客観的な美人であるということにはならんのですよね。たまたま大多数の人が主観的に見て「この人は美人だ」と判断しているだけで、それ以上でもそれ以下でもないんですよね。

なので、Aさんが「この人は美人だ」と主張しても、Bさんにとっては「フツーじゃね?」ってのはあり得るし、Cさんに至っては「いや、ブスでしょ」ってこともあるわけです。

美醜の基準点って大多数の人が概ね「こんな感じなら美人」と認定しているだけで、具体的な定義はないですからね。

ってことで、ブス可愛いもあり得るだろうし、美人と言われることが多い人でもブスと認定する人がいておかしくないわけです。記事では触れられていますが、見た目は美人でも中身がブスって場合もあるので、この辺の線引きは本当に難しいところじゃないですかね。

これまた記事にありますが、見た目の造作だけではないんですよね。見た目フツー、でもなぜか可愛く映るとか美人に感じるってのもあるのは確かです。その辺は当人の心がけ次第でどうにでもなっちゃう部分だと思いますけど、これまた気の持ちようで、10人に美人って言われる必要って特にないんですよね。意中の人がいるなら、その人にだけ可愛いとか美人とか思ってもらえば、残り9人は全院ブス認定してたって構わないわけです。

特に特定の人がいない場合でも、5人くらいに美人認定してもらえれば十分じゃないですか。10人中5人なら50%ですからね。1000人なら500人は美人だと感じてくれる、って単純計算もできるわけで。

まぁ、美醜の基準なんて主観的で曖昧なもんなので、そんなもんに囚われるよりは、自分がいいと思ったことを好きなようにやってくのが一番じゃないですかね。美人だと思われたからって金が入ってくるわけでもないし、周りは多少チヤホヤしてくれるようになるでしょうが、反発も同じように食らうわけで、いいことばかりじゃないです。フツーが一番ですよ。

by peugeot206ccs16 | 2018-08-11 02:27 | 感じたこと。 | Trackback | Comments(0)
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